以前、ピティナピアノステップの講評の際に、作曲家の先生が「なんだか皆さん地団太踏んでるかんじ」とおっしゃられたのが強く印象に残っていました。作曲家の先生は(お名前は忘れてしまった...)「例えばちょうちょを歌ってごらんなさい。メロディーが同じところに留まっているのか、それとも進んでいっているのか、歌うことで自然にわかりますよ」とおっしゃられていました。
その時は、なんとなくの意味は理解したのですが、「結局、音型やメロディの方向に合わせて歌うってことかな」などととらえていました。でも最近そうではないことがやっとわかりました!
メロディーが前進したり後退したり着地したりするのは、ハーモニー感のせいなのです。でも時代間で多少は違いますが、とくに古典期以降の機能和声が誕生してからの音楽はハーモニー感が肝だと思います。
V7はⅠへ強く引かれて、Ⅰでは落ち着く。Ⅳは明るさをもっているし、Ⅱm7(‐5)は常にV7とセット。
それが、「V7なのに完結しちゃってる」とか「Ⅱm7(‐5)なのにV7へ無関係なフレージング」とかになっちゃうと、音楽が不自然になってしまい、「弾けてるんだけど、何か違う」というふうになってしまうんです。
そう考えると、機能和声を発明した人ってすごいよね。万能な方程式を見つけたようなもんだ。
それでさっきのおさらいですが、「ちょうちょにハーモニー感を持って歌ってみる」と、
ちょうちょ(平常) ちょうちょ(落ち着かない、戻りたい、引っ張られる) なのはにとまれ (戻れた良かった、安心)
なのはに(平常) あいたら(また落ち着かない、戻りたい、Ⅰへ引っ張られる~) さくらにとまれ(ふう~戻れてよかった、安心)
と、なるわけです。ハーモニー感が無かったら、いくらメロディーに抑揚をつけても、地団太踏んでるかんじになっちゃうわけ!
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